【駿河-002】小瀬戸城

 

 
シリーズ・静岡県の城跡
駿河-002 小瀬戸城
所在地 静岡市葵区小瀬戸
縄張形態 連郭式山城
標高(比高) 170m(120m)
現状 山林・雑木
創築時期 南北朝期
築城者 狩野介貞長
改修時期 永享5年(1433)、永禄12年(1569)〜
改修者 朝比奈氏
主な遺構 曲輪、堀切、横堀
廃城 天正9年(1582)頃か
【概要】『駿河記』では、駿河南朝方の狩野介貞長が小瀬戸集落の「御所の谷」に興良親王・宗良親王を迎えたとあり、安部城の支城と位置付けている。戦国期に、朝比奈氏が永享の内乱期や永禄末期以降は武田信玄の配下として改修利用したと考えられる。
小瀬戸城縄張図(作図者:水野 茂)
小瀬戸城縄張図(作図者:水野 茂)


 

藁科川左岸から望む小瀬戸城全景
藁科川左岸から望む小瀬戸城全景
二の曲輪と本曲輪虎口の間にある堀切

二の曲輪と本曲輪虎口の間にある堀切

本曲輪の削平は見事で眺望もなかなかである

本曲輪の削平は見事で眺望もなかなかである

主郭は城址碑、植樹、ベンチで庭園風に整備されている

主郭は城址碑、植樹、ベンチで庭園風に整備されている

二の曲輪から北側の集落(石切場方面)と藁科川を望む

二の曲輪から北側の集落(石切場方面)と藁科川を望む

街道沿いの小高い場所に南北朝期の宝篋印塔が二基佇んでいる

街道沿いの小高い場所に南北朝期の宝篋印塔が二基佇んでいる

石切場跡が地元の篤志家により整備されている

石切場跡が地元の篤志家により整備されている

岩盤には矢穴が多く残り、石切場の昔日を今に伝えている

岩盤には矢穴が多く残り、石切場の昔日を今に伝えている

石切場からは藁科川越しに駿府城が見通せる

石切場からは藁科川越しに駿府城が見通せる

最終更新日:2024-12-22