【1日目】山内上杉氏の重臣藤田氏の居城・花園城と北条氏拠点城郭・鉢形城
令和6年(2024)11月23日(土)から24日(日)の一泊二日にかけて第278回見学会「鉢形城周辺と比企丘陵の城館」を開催致しました。参加者は、途中乗車、現地集合者を含め総勢21名でした。
静岡駅北口を出発したバスは今回の目的地である埼玉県を目指します。途中静岡県東部で俄雨に遭遇しましたが、東へ進むにつれて天気は回復し晴天となりました。埼玉県に入り、寄居駅にて2名乗車し、まずは花園城へ。バスは麓の善導寺駐車場をお借りして現地集合の1名と合流し花園城登城開始。花園城は関東管領山内上杉氏の重臣藤田氏の居城と伝わる標高202メートル、比高約90メートルの山城で、比較的傾斜の緩い南側から登城し始めると二重の竪堀が現れ、その竪堀も曲輪の手前で鍵の手状に折れを伴っていました。周辺の竪堀も確認すると同じように曲輪の手前で同じような作りとなっていて、この竪堀は防御の要となっているようでした。また、各曲輪間の堀切は、岩盤を掘りぬいて作られていて場所によっては垂直に近いほどの角度となっており圧巻でした。南側は長大な竪堀が施されていましたが、本曲輪の西側は竪堀ではなく多くの腰曲輪で守られていました。
城内で昼食をとりその後麓の善導寺において、住職様から寺と周辺地域の歴史についての講話を聴講し次の鉢形城へ向かいました。バスは鉢形城歴史館駐車場に駐車し城跡の南側大手より見学開始。城内は公園化されていて各所に説明坂なども設置され見学し易くなっており、三の曲輪では四脚門なども復元され北側の石積土塁なども確認することができました。発掘調査によると、角馬出や畝堀など北条氏に関連した城郭に共通する遺構が確認されているとのことでした。
さて、夕暮れも迫る時間となり、鉢形城を後にして東松山駅近くの宿泊場所へ向かい駅前の居酒屋にて夕食を兼ねての懇親会となりました。懇親会では東松山名物の焼き鳥を肴に美味しいお酒をいただきながら、今日の疲れを忘れるほどに城跡談義に花を咲かせて楽しく過ごすことができました。(報告者:稲垣雅一)
2日目は国指定史跡の比企城館群の4城を見学しました。本日は朝から快晴で8時15分ホテルを出発し、まずは松山城跡へ。松山城は文献史料が豊富と言われますが、築城の詳細は明らかではないとのことです。しかし戦国時代を通じて絶えず合戦の場となった城で重要な位置づけだったようで城内へ入ると各曲輪を囲む堀の大きさには圧倒されますが、土塁のない曲輪が多く、隣の曲輪どうし見通すことができました。松山城跡は隣接する吉見百穴も見学できます。
次に向かったのは杉山城です。こちらは保存状態がよく除草など手入れがされているため非常に見学し易い城跡でした。縄張はコンパクトではありますがかなり技巧的で虎口の形態などはとくに見応えがありました。参加者もお気に入りの曲輪や堀など縄張図とじっくり見比べながら遺構の素晴らしさを存分に堪能しているようでした。ここで昼食をとり、次の見学地小倉城跡へ向かいます。
ときがわ町の大福寺駐車場へバスを駐車、ここからは小倉城発掘調査担当、町教育委員会の石川さんによる説明と案内により城内を見学しました。本曲輪では建物跡が確認され、竪堀横堀の組み合わせは本曲輪の防御を意識したものだとのことでした。また、本曲輪周辺では板状の石を積み上げた石積が見られ、この時代に他地域では見られない特徴的なものであり小倉城の中で最も興味を惹かれるものでした。使用されているのは結晶片岩系の緑泥石片岩とのことでした。
さて、最後は菅谷館跡です。まず、城内にある県立嵐山史跡の博物館に立ち寄り学芸員の堀口さんの説明にみな真剣な眼差しで展示物を見学していました。その後城跡を見学し、館と表記されていますが曲輪の広さや堀などの規模の大きさから、参加者も館ではなく、城だと確信しているようでした。
以上2日目は比企丘陵の城跡をめぐり、城ごとに特徴のある縄張の面白さや新たな発見などを感じながら今回の見学会を楽しむことができました。(報告者:稲垣雅一)