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のろし第342号 第285回見学会『今川氏親の甲斐侵攻”』(3月15日開催)ご案内

今回の見学会は山梨県。永正12年(1515)武田信虎と大井氏による内戦に端を発した翌13年の今川氏親による甲斐侵攻。国中の拠点を今川勢に蹂躙された武田信虎が反抗拠点の一つに構えたと推定される恵林寺山城。そして今川勢の甲斐侵攻拠点であり、絶体絶命の武田勢にとって起死回生の反撃の地となった忍野の鐘山を巡り、永正13年の今川氏親の甲斐侵攻がどのような戦いだったのか、そのきっかけ、両軍の思惑など、皆さんと一緒に理解を深めたいと思います。

会員をはじめ、一般の皆さんのご参加もお待ちしております!

実施日:令和8年3月15日(日)
見学地:恵林寺山城(甲州市)、忍野の鐘山(南都留郡忍野村)
担当者:望月徹事務局長、繁田禎典理事
参加費:会員6,000円、非会員7,000円
バ ス:市沢さんのバス
脚力レベル:★★★★☆(4)      
申込メール:s-kojouken@outlook.com ←クリック後、必要事項をご記入のうえ、ご送信ください。
申込締切:令和8年3月11日(水)。但し、定員になり次第締め切りますので、お早めにお申し込みください。
定 員:28名  
身支度:ハイキング程度の服装(滑りにくい靴・雨具)、弁当、飲物類
☆悪天候時、当日午前6時の時点で中止をお知らせします。


☆のろし第342号PDF
 

行 程

 8:00     JR静岡駅北口集合、バス出発
  8:15     日本平久能山スマートIC→清水JCT→中部横断自動車道
  9:45      南アルプスIC 新山梨環状道路
   10:00      中央自動車道 甲府南IC
   10:05      境川PA トイレ休憩と勝山城(今川軍本営)を見る
   10:30      勝沼IC → フルーツライン
   10:45      塩山ふれあいの森総合公園駐車場着 徒歩で恵林寺山城登城口へ
   11:15〜14:00    恵林寺山城見学    
           バス乗車→御坂ルートで富士吉田へ
   15:00〜16:00    忍野の鐘山見学
          道の駅富士吉田にてトイレ休憩
          東富士五湖道路→東名高速道路御殿場IC→日本平久能山スマートIC
   18:00      静岡駅南口着・解散
 

見学先概要


【恵林寺山城】
 恵林寺山城(山梨県甲州市)は平成28年に内藤和久氏(山梨県中央市豊富郷土資料館館長)により発見された城郭である。恵林寺の東方、扇山から南に延びる尾根上に築かれ、主郭となるピークの標高は820mほどである。その歴史は全く謎であるが、秩父往還を抑える下釜口烽火台、棚山烽火台、兜山烽火台などと連携できる好位置にあり、縄張構造的には曲輪の造成など甘いものの、堀切の規模、土橋を利用した虎口配置など室町期以降のものであることから武田氏により運用されたものと推定される。
恵林寺山城が最も軍事的緊張状態となったのは永正13年(1516)の今川氏親による甲斐侵攻時であり、武田信虎は今川勢に押され守護館である川田館を放棄、さらに万力合戦に敗れ恵林寺に退却を余儀なくされており、恵林寺山城が築城、もしくは改修されたのはこの時とも考えられる。

【忍野の鐘山】
 「甲斐国志」に「鐘山」鐘撞堂の古跡として」記されているが城史については不明である。篭坂口の警備と直下を通る鎌倉街道の抑えとして機能した城であると考えられる。明応4年(1495)と文亀元年(1501)の二度にわたる伊勢宗瑞(北条早雲)の甲斐侵攻時に本営を置いたとされ、永正13年(1516)の今川軍の甲斐侵攻においても近隣の吉田城山と共に今川軍の拠点となったと伝わる。構造は南北に本曲輪、二の曲輪と連なる連郭式城郭で、本曲輪南側に馬出と桝形虎口、本曲輪と二の曲輪、そして二の曲輪の北側に大型の堀切を穿つ。現在確認できるこれらの縄張は武田氏末期か天正壬午の乱の頃の北条氏による改修と思われる。

 

最終更新日:2026-02-28